『占いの謎』

世間で占いといえば、たいてい「怪しい・妖しい」と相場が決まってます。しかしながら、それは別に占いに限ったことではなくて、ちょっと歴史を遡ってみれば、宗教家や治療師や技術者や芸能者などの特殊技能者はみな、普通の人には扱えない事象を扱う不思議な能力を持つ人々として見られていたはずです。

生と死、魂の領域、日常と非日常、そうした異なる世界の間には、ふだんはきちんと線が引かれていて、簡単には行き来できないようにされているのに、そうした特殊技能者たちは、ごく日常的な意識や常識が支配する世界と、わけのわからない不可思議な世界の合間を行き来するような、不思議な存在だとみなされていたことでしょう。

日常や常識の確固たる世界と、そこでのルールが通用しない不可視の世界と、そのちょうど合間の「あわい」にはグラデーション状の境界線があります。そして、境界は常に妖しい魅力に溢れています。そんな妖しげな世界を、より知的に客観的に、誰もが理解できる形で記述して、まとめようとする試みは世界中にたくさんありますね。
難しい本はいろいろあるけど、最近読んでおもしろかった本はこれ。


『占いの謎~いまも流行るそのわけ』


「占いとはなにか?」という疑問を、文化人類学の視点から考察。著者は「日本の迷信(俗信)を文化人類学の知見からとらえなおす作業をしている」とのことで、古今東西の占術やら、言い伝えなどが幅広くバランスよく網羅されています。(紹介部分と、考察部分が分かれているので、どちらかだけ読むこともできそう)

なんといいますか「私はいつ結婚出来ますか?」とか「どうやったらお金持ちになれますか?」的に占いを使うのではなく、「そもそも占いとは何ぞや?」なーんって考えずにはいられないような習性をお持ちの方々(同類諸氏!)にお勧めです。

この本の一連の論の中で、著者は自らを「占いを信じる者ではなく観察者として」とわざわざ明記しながらも、「意外と迷信家です」などのプチ矛盾も正直に告白したりもしながら記述を進めている点が、非常に興味深く感じられます。著者自ら認めているとおり、占いに対する知的な興味だけではなく、占いや迷信(俗信)の世界に、理屈では説明出来ない不思議な魅力を著者自身も感じているのでしょう。

「占いをべったりと全部信じるのはちょっと抵抗がある。でもやっぱりちょっと気になる。当たってることもあるし」「未来が全部決まっているのなら、努力なんてする意味ない。だから私は占いなんか信じない。でもときどき不安になる」世の中ではきっと、例えばこんな風なかんじかな。

なんとなく占いや見えない世界に惹き付けられる気分は、少なからぬ人の心の中にあるではないでしょうか。なぜなんでしょうね。なぜ多くの人は占いに惹かれたり、逆に妙な嫌悪感を抱いたりするのでしょうか。私は小さい頃からずーっとそのことを心のどこかで考えています。

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占いは、いったい、何をしようとしているのだろうか。それはひとことで言えば、世界の秩序化である。われわれ人間は、世界を、偶然の積み重なり、デタラメで、なんの法則も秩序もないものとしてとらえたくないのだ。世界を、なんらかの法則に支配された秩序あるものとみなしたいのだ。(p.185)
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なるほど。そうね。そうかもしれませんね。人生がなんの迷いも無く平穏に流れているときには、通常の人は
占いなぞにあまり興味を示さないものです。なにかあったときに「なぜこうなったの?」「私の人生の意味は?」とか問いたくなったりなんかするときに、占いに関心が向く人は少なくないでしょう。(まぁもともとそういうのが好きな人は別でしょうけど)

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占いは、バラバラで、一貫性がなく、その場限りとしか思えない過去、現在、未来の出来事、人生、性格などを、たがいに関連づけられたものとして、一つの統一体として見ることを可能にする視点を与えるのだと考えられる。(p.199)
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ふむふむ。これをもっと狭く類型化して誰にでも扱いやすいようにしちゃったりなんかすると、「人間が12タイプに分類できるはずはない!」といった鉄板ばりばりの批判を呼ぶわけですね。なるほど。わかりますw

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世界が偶然の寄せ集めととらえられることに気づいたとき、そういう偶然性を、なんとか必然性へと読みかえようとするこころみ、その一つが占いなのではないだろうか。われわれの人生、また世界に起きることに、理由や根拠をあたえ、世界を秩序づけられたものとしてみることを、占いはおこなおうとしているのだと考えられるのである。(~中略~)おそらく、このあとも、どんなに科学が進歩しようと、占いに頼る人がいなくなることはないだ
ろう。(p.216)
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ふむふむ。その読み取りは特殊技術が必要になるから、そこに職業者としての占い師の需要が生じる、と言えますね。そして、占い師が一種の語り部なのだとしたら、そこには当然、語り手としての占い師の個性やフィルターのクセが大きく反映されます。さらに、受け手との相性や、受け手の求める要素も千差万別。どうせだったら自分と相性が良くて、信頼出来る語り部と巡り会えるたらラッキーですね。

そして、人任せにするだけでなく、自ら境界の向こう側を探索してみたい!とお考えの方々もいらっしゃるでしょう。(何を隠そう、私も昔からそう願っていた一人です)占いのロジックを学ぶことで、よりエキサイティングで主体的に自らかかわる形で、摩訶不思議な境界の世界を自分で探検できるようになります。

とはいえ、いくら探検したところで、すべてを知り尽くすことなんて永遠にできっこない。でも、惹きつけられるんです。なんて、魅惑的な。なんて妖しい誘惑なんでしょう。だから占いはやめられない。。。

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2012/03/31(土)
ブックレビュー

宇宙の秩序と自分の人生~占星術

ひょえー!!! 朝っぱらからびっくりした。全国紙の1ページ分半分を占める「占星術」特集ですと。

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朝の情報番組で、女性誌で、つい目をとめてしまう「星占い」。天体の運行が運勢を左右するとは思えないし、当たったためしもない。けれど、気になるのはなぜだろう
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2011/11/21 朝日新聞朝刊/占星術
(クリック拡大)

へええー。。。とりあえず、占いに対して懐疑的な、というか、明らかに否定的な導入なんだけど…この記事の最後は鏡リュウジ氏のコメントで締めくくられる。

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「宇宙の秩序と自分の人生が対応しているドキドキ感、人生がランダムなできごとの集積ではないと思える感覚が魅力ではないでしょうか」
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さらに特集の最後は中山茂氏(科学史家)のコメントで終わる。

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「非科学的だと言われても占星術がすたれることはないでしょう。科学は個人の将来を予測しようとしませんから」
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おおおーーー!!! そのとおりですね。賛同です。

前回ご紹介した「占いを信じますか?」⇒★ 記事内のアンケート結果では、「科学的でない」って声がいちばん多かったですね。うむー。「科学的でない」といのは現代のマジックワードのひとつでありまして、いっけんもっともらしく聞こえるんだけど…

占いが対象としてる人間の生きてる現実とか実感とか幸せなんて、そもそも科学的に測定したり、計量したり、分析できないじゃん!そもそも「意味」とか「物語」の世界は「科学」とは別物ではありませんか。

占いがおどろおどろしいものや、妙に偉ぶったような人を脅かすようなものなんかじゃなく、ふつうのひとが映画を見たり、音楽を聞いたり、芸術を鑑賞するように、自分の人生という物語に向き合ってみるのに役立つ、ささやかな贅沢であったらいいなと、心より願ってやみません。

*** おまけ ***

こうやって、占いが一般紙で話題になるなんてイイじゃん!と思うのです。妙におどろおどろしくキワモノ的に演出されたり、タブーとされてこそこそと隠されたりするよりも、よっぽどいい。

しかしながら、こうやってパソコン打ちつつ、オウム事件が結審になったというニュースを聞きながら(もうきっと若い人はだんだんオウム事件のことを知らなくなってるよね…)その後継団体に新しい入信者が年間100人だかいる?!なーんて話も聞いていると、なんだかとても複雑な気分になるのです。

ああ。そうか。そろそろ海王星閣下が、本格的におでましになるのだな、と。来年のちょうど立春頃、水瓶座から魚座に移動する海王星のことが思い出されます。海王星は、ひたひたと無意識的に広がる世間の気分やムードを司る星です。

海王星が水瓶座を運行していたこの約13-14年の間に世界中にあまねく広がったこと、といえばインターネット、ですね。
(デジタル=水瓶座って解釈です) つぎの魚座は海王星のホームグラウンド、みたいな場所。まさに海のような、清濁ぜーんぶ併せ飲むような、混沌世界。そーんな居心地の良いお家に、海王星閣下がお戻りになられると…良くも悪くも、宗教に関わるようなことや、精神世界系のことも、きっとひたひたと世界中に広がっていくのでしょう。

この先にはいったいどんな世界が広がっていることやら。。。
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2011/11/21(月)
西洋占星術

あなたは占いを信じますか?

このまえ、新聞に出ててとっても興味深かった記事のご紹介。「占いを信じますか?」ですってー!YESの人は約3割。NOの人は約7割。

2011/11/12朝日新聞土曜be「占いを信じますか?」
2011/11/12 朝日新聞土曜版be ( ↑ クリック拡大)

回答者が約4000人で、母集団はおそらく朝日新聞読者の一般の方々だろうと考えると、3対7は妥当な数字かな。1つずつそれぞれの設問や回答を取り上げただけでも、1回分のブログのネタにできそうで、非常に興味深いです。

でもって、右下の占い師のイラストがおもろい。そうか!求められるステレオタイプな占い師って、きっとこういうイメージなんですね。

この記事の本文(ノセチャエ!)
下記のとおり。   ↓ ↓ ↓

***** 2011/11/12 朝日新聞土曜be より *****

占いを信じますか?

星占い、血液型占い、手相、姓名判断など、世の中には「占い」があふれています。そろそろ2012年の運勢が気になる人も少なくないでしょう。日常生活の参考に、そして結婚や就職など人生の一大事に占いを頼る人も。あなたは占いを信じますか。

○ 科学的根拠ないけど

「あなたには、計算や数字に関する職業で、狭い職場が適している」
福岡県の会社員男性(40)は、高校の非常勤講師だった27歳の時、四柱推命の占師に言われた。税理士や会計士、研究職などが向いているという。講師の契約満了が近く、その後を考えていた。

5年かけて税理士資格を取得。現在、会社員の傍ら自身の事務所を持つ。「あの時、占師に言われなかったら、現在の自分があるどうか。転機になりました」。以来、1年に1度程度、見てもらう。

beモニターのうち、占いを「信じる」と答えた人は32%。「よければモチベーションがあがるし、悪ければ危険回避の手段に」(広島、37歳女性)という声が多かったが、子供の名付けや転職、結婚など人生の節目に利用する人も目立った。

そういえば、作家の石田衣良さんもかつて、beの取材で、「2年間、真剣に努力すれば自分の中の何かが結晶化できる」と星占いで読み、小説を書いた結果、2年後に初の著作が書店に並んだ、と話していた。

圧倒的に人気なのは、星占いだった。「朝のテレビで子どもから孫まで今日の運勢を欠かさず確認する」(山形、52歳女性)、「複数の番組でチェック、ミックスして自分なりの占いを考えている」(千葉、女性46歳)。

お金を払って個別に見てもらったことがある人は712人。1回あたり3千円以上5千円未満が最も多く、1万円以上も30人いた。だがなぜか、うち276人は「占いを信じない」と答えていた。

「信じない派」は全体の68%を占めた。

主な理由は、「人の運命がたった12(星座)に分類できるわけがない」(京都、49歳女性)など、「科学的根拠がない」とする冷静な人が多かった。当たるかどうかはともかく、「(占いで)悪い結果が出ると気分が悪い」という人も600人にのぼった。「占いをすると気にしてしまうから(信じないようにしている)」(京都、38歳男性)

占いがはずれた経験から、「信じない派」に転じた人もいた。「素晴らしい相性と言われたのに、彼女に浮気されて別れた。以来信じない」(千葉、26歳男性)

全体の7割近い人が占いを信じていないけれど、「自分の未来を知りたいか」との質問には、「場合によっては」も含めると、86%が「知りたい」と回答した。「占い=未来予測」と考えれば、そのニーズ自体は確実にあると言えそうだ。(柏木友紀)


○「期待に応えるサービス」

「迷い、未来を予測したいと願うのは、それだけ選択肢がある現代人の特権」と話すのは、立命館大の佐藤達哉教授(心理学)。最近まで未来を選べるのは為政者だけで、庶民は運命に従うしかなかったからだ。

どう予測するかが関心事になるが、どうせ「因果関係」は不明なので、たまたま起きた二つのことを勝手に結びつけてしまう「錯誤相関」が普及するのだという。もともと少ないAB型と、めったにいない天才・奇人を組みあわせ「AB型は紙一重」とするように。

迷い、悩みは深刻なほど人には言えない。「占師」に相談するという行為は、ほぼ解決したも同じで、話す際には物事に順番を付けて整理せざるを得ないし、ある程度答えを絞り込んでいる証拠とも言える。

占師もプロだから、相談者が何を求めているのか、少し話をすれば分かり、背中を押してやる。「期待に応えるという顧客サービスが、『当たる』ということになるのです」

***** 引用終わり *****


「人間を12タイプで分けられるはずが無い!」とか、「血液型で性格が決まるはずがない!」とか聞くの飽きた!!!

ワタシはそもそも血液型分類は占いだと思ってない。12タイプ分けで商売してもいない。そもそもメディアの占いは、時間や紙面の都合で簡略化されてるエンターテイメントですよ。だったら、なるべくみんなが元気に暮らしていけるようなものであってほしい。おどろおどろしく不安をあおるような断定的な怖いことしか言わないエンタメ占いは嫌いです。

とかなんとか、あれやこれやと思うんですが…

まぁワタシあも「占いダメじゃん!」とか思ってた時期が長いので、占いを攻撃する人が多いことも納得できます。ワタシはもともと12ハウス(=精神世界系)に天体がたくさんあってそこが強調されてるチャート持ちですが、なにせそこには土星もあるので、かたちのない世界に対する否定的な感情もハンパなく強いです。

だって、この世のみんなが占いを「信じて」たら逆に怖いでしょ?!(笑)

個人的には、占いは、精巧な道具を研磨して大切に使ってます、みたいな感覚です。凄く役に立つこともあるし、占ったところで結局は自力で頑張ってクリアしなきゃならないことはたくさんあるわけで、占いでただ黙って座ればぴたりと解決して、黙っててもそのまま開運してなにもかも思い通りになって、万々歳!なーんってわけありませんしね。

これ、突き詰めるとたぶん宗教の話に繋がるのかもしれませんが。そもそも「占いを信じますか?」という設問自体に罠があるな~。そんな気もします。「信じる」ってどういうことなのか、いまいちどよく考えてみる必要がありそうです。

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2011/11/19(土)
ブックレビュー

占いなんて大嫌い!

続々と、個性的で素敵な手相をいろいろ拝見させて頂いてます!ありがとうございます。少しずつレポートさせていただきますね。

さて。きょうはちょっと本質的な話。私の母親。若い頃(ってことはもう大昔ね)手相を見た人から「あなたは38歳で水難の相で死ぬ」って言われたそうなんです。

えええーーーっ! それはひどい!!!占い師がそんなことを軽々しく言うなんて、昔はなんでもあり、だったんですね。病気や死期は占うべきではない、とは現代では共通ルールだし、だいたい、自分や誰かがいつ死ぬかなんて、聞いても居ないのにどんどん言われるのは気分悪いでしょう。「だから私は手相なんか大嫌い。占いなんか大嫌い」と母は言っています。それはそうなるのも納得できます。

そういう無神経な占いに当たると、本当に深く傷つけられる。その気持ちはよくよくわかります。周りにも何人もいますよ。ああいうのって、本当に暴力的で、つくづくよくない。そんな占いなんてないほうがずーっと良い。占い批判の考えも自分の中にはあるし、とてもよくわかるんです。

当てるのも結構なんですけど、そればかりにとらわれるようになると、本質的に何のためにやってるのか、わかんなくなる人も居るでしょう。(治らない病気の人に、「あなたは一生治らない」とただ言い放つことが、
どれだけいろんな人を傷つけてるかって、私はたくさん見てきました)きっと刃物とおなじ。単純にただ人を傷つけるかもしれない道具だけど、それを適切にちゃんと使えば、おいしい料理を作ることもできるんだから。

で、その母、いま60代後半までぴんぴん元気に生きてますから。大丈夫。心配ない。昔のその手相観は、大はずれです。良かったね。当たらないのも大事よね。大事なのは元気に生きてくことです。

ちなみに、現在の母の手を見てみました。確かに生命線は、一般的な人よりもずっと短いです。(いわゆる「水難の相」の線はなかったな~w)でも、その生命線の切れ目は、ちょうどばっちり、手首からぐーっと立ち上がってくる濃い運命線に合流してるので、どうみてもそうそう簡単に死にそうには見えません。

で、おもしろかったのは、うちの母の手相は離れ型、つまりいわゆる「じゃじゃ馬相」でした。知能線の起点が、生命線と離れている人たちのことです。私の友達にはこの手の人がけっこういるんですよね~。一般的にはそんなに多くないんですが、なぜかこれは女性に多くて、とにかく自由でパワフルな人たちです。フリーや起業してる女性に多いのに納得。

昔のananの手相ムックに、小泉今日子さんの手のみごとなじゃじゃ馬の写真が出てました!⇒★

最近ではKY線って言われてますけど~(BY 島田秀平さん
わたしには「じゃじゃ馬相」という表現(BY 日笠雅水さん
の方がより実情に近いように思えます。

次回はその、「じゃじゃ馬相」についてお話しますね。

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2010/12/07(火)
手相

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