ソードの世界

ライダー版系の絵柄だったら、タロット知らない人でも、その絵柄見ただけで「うわ…良くないんですね…」とがっかりなさるような絵柄のカードが何枚かあります。大アルカナは別としても、見るからに痛々しいいわゆる「がっかりカード」はソード(剣)のカードにたくさんあります。

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並べてみたら、右下がひとマス余ったので、ソードを持ってる「正義」=大アルカナをそっと入れてみました。

こうやって並べて眺めてみると、このデッキは、剣の鋭い切っ先を画面外に出して描かないようにしてるのかなーと思います。同じ剣でも、びみょーに太さや尖り具合が違ってますしね。「正義」のカードなんて、剣と言うより聖徳太子とかが持ってる笏(しゃく)みたいに見えます。

切断する=剣、という象徴なのでしょう。切る?怖い!イヤ!と感じられる方多いかもしれませんが、すぱっと切って整理しないとダメなもの、ダメなときもたくさんあります。ぼさぼさに伸びた雑草だらけのお庭、空が見えないくらい樹木が生い茂って暗い公園、もうダメだとわかってるのにずるずると別れられない相手、わかっちゃいるけど止められない悪癖、あれやこれやとぐるぐる回るばかりの不安や妄想、表面的な笑顔で調子良くタダ乗りしてこようとする相手、床が見えないほどモノが溢れている汚部屋、などなど。そんなのいやだ〜。もう我慢できない。思い切って切っちゃえ!というシチュエーションは、誰にでも訪れる。

あれはあれ、これはこれ、それはそれ。と、しっかり区別する。これがソード=剣=理性のだいじな機能です。他と区別するための名称を付けたり、それぞれの特徴と違いをはっきりさせる。人にわかるように説明する。きちんと筋を通す。気分や好き嫌いで態度や仕事のクオリティを変えたりしない。みたいなことは、お仕事したり、お外でオトナとして振る舞うときには重要ですね。

確かに、恋愛相談でタロット占いしたときに、ソードのカードばかりがずらりと場に並んだら、ちょっと…「らぶらぶだね」とは申しあげにくい。考え過ぎなんじゃない?もっとゆるく、あいまいに、雰囲気とか大事にしないとね、と申しあげることになるだろう。

でも、どんなに好きでも、彼と自分は究極のところは他人なんだよ、ってソードのカードみてると思います。昨日の話の続きとしては、いくら実の親子であろうとも、すべて共有して一心同体ってことはありませんよね?きちんと子離れ/親離れして、お互いを尊重するようにしないと!あたりが現実的にありそうなお話でしょうか。

ライダー版準拠の小アルカナソードの絵柄は、思考や理念が勝ちすぎて肉体としての自分を傷つけていたり、アタマで考える小賢しさの軽薄さが強調されていたり、情緒的なつながりが断ち切られた悲しみの状態を示すものがほとんどです。きっと描いた人がソード的な世界観が嫌いで、偏見があったんじゃないの?と思わずにはいられません。

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2014/10/28(火)
タロットカード

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