インナーチャイルドカード講習2日目

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インナーチャイルドカードの創始者、イーシャ・ラーナーさんに直接教えていただけるWS、前半の2日間(ベーシックコース)が終わりました。

濃かったな〜〜〜。全国から、ばりばりのプロの方々(占いより、スピリチュアル系の人の方が圧倒的に多かった)や、お勤めの会社員や主婦で「はじめてカードに触ります」という方々まで、いろーーーーんな人とお目にかかってお話しました。バックグラウンドは違っても、同じ目的を持って集まっているので、打ち解けるには時間はそんなにかかりません。講義の密度が高かったのはもちろんですが、エンカウンターグループ的に、お互いの交流の中からも新しいアクションが生まれたり、人の発表や発言からいろんな気づきがあったり、デモンストレーションを見る中でいろんな発見があったり、とにかく濃密な2日間でした。

なんといいますか、おもいっきり「光と愛!」みたいなスピリチュアルムード満開♪だったらどうしよう…という事前の心配は杞憂に終わりました。もちろんそういうテーマのお話はあるのだけれど、現実離れしたお花畑、ではなかった。そして、やっぱりオリジナルはいろんな意味で凄い。創始者ご本人の話を聞いて、その存在感をリアルにそばで感じることが、今回最も貴重な体験であるように感じます。どんなに文字や言葉を尽くしても、そればかりは自分で感じてみる以上の体験はないですから。

後半の2日間は、アドバンスコースとなります。よりディープな世界へ…いってきます〜☆

でもって、たぶんあまりにもわたしが節操なくあれこれやりすぎる、と心配してくださってる方々がいらっしゃると悪いので(いないかwww)いちおうご説明しておきます。わたしはもともと鍼灸師だけど、その途中で臨床心理士になろうと企て、それがなぜか巡り巡って占い師になっています。わたしはもともと治療師であり、セラピスト志向なのです。別に神秘的なことなんかなくても、宇宙とアクセスしたり、ハイヤーセルフみたいな存在を信じなくても、適切な場で、適切なときに、きちんと話すこと、自分の中から出てくる言葉を他者と共有することが、治癒につながる、というプロセスは必ずある、と信じています。自分の中で特に混乱や迷走はありませんのです^^☆


いつだったかな?もう10何年前のことです。臨床心理士の養成課程の大学院試験は、もう残酷なくらいなーーーんにも書けませんでした。(なので、得意の創作作文をずらーーーっと書いたんじゃないかな…orz)しかたない。あたりまえなのです。そもそも大学時点でわたしには専攻分野がなかったうえに、そこってすでに心理系の職種で(病院とか、警察とか、児童相談所勤務ですよ。みんな超エリート!!!)実務経験がある人たちが合格するコースなのです。どう考えたって、落ちるのあたりまえなんですけど、それなのに、なぜか合格させてもらったのです。正確な数字は忘れましたけど、20倍以上だったとおもいます。そういうときの引きがわたしは異様に強いのです。勤めていた鍼灸院も、採用1名に対して30倍くらいだったらしいです。(これは特技、ということにしておきます…ごめんなさい)

その理由を、入学直後に、修論の指導教官に言われました。

「あなたは試験は全くできてなかった。普通なら落とします。でも、あなたがここで臨床心理学を学ぶことによって、助かる人がたくさんいると思ったから合格させました。がんばりなさい」

と。。。あああ… いまでも思い出すと、あんなに親身になって2年間、そして卒業後も大きなトラブルに巻き込まれてほとほと困りはてて万策尽きた時には、きっちり指導してくれた教官に申し訳ない気持ちがあります。

もしいまお目にかかることがあっても、「元気に占い師やってます♪」とはストレートに言い出せない…。最後にお目にかかった時には、単刀直入に「なぜ臨床心理士資格を取らないの?」聞かれました。いちばんの理由は、途中でこれは鍼灸師辞めないと無理だ、と気がついたからですが、ほかにもいろいろおもうところがあったのです。口ごもって答えられなかった。そして、それっきりなのです。その後、わたしは占い師になりました。

わたしは資格や権威が必要な世界より、いまのように野に出て世間で暮らす方が合っているから、もうあちら側に戻ることもないのだけれど、巡り巡って、この二日間、人の心に深く入り込む領域に関する授業を受けていたら、当時のことがたくさんたくさん蘇ってきました。しんどかったなー。つらかったなー。そればっかりです。

わたしの職業選択は、そもそも人を助けたい、なーんて崇高な目的ではなく、こんなに生き辛いのはなんとかならないか?と思ってあれこれやっているうちに、それが専門になってしまった、ようなものです。難病にかかったときには、いろんな先生に診てもらったし治療も受けたけど、運良く治ったのは究極は「運と自分の生命力」のおかげでしかない。結局のところ、他人が他力でできることなんてよくもわるくもたいしたことはない、とおもうのです。(なんかのスイッチを代わりに押す、くらいはできるかもしれませんけどね☆)

そんなわけで、自分の仕事は「愛の為に」でも「光の為に」でもないです。まぁでもずーっと通ってる人や、わざわざ来てくれた人が元気になってくれたら、それはやっぱり嬉しいです。というわけで、あしたからもまた、淡々と学んで、淡々と仕事をし続けるだけです。ざっつおーる。

あまりに長いから、新サイトの片隅に、自分語りコーナーを作ります。こんなんおもしろいのかどうかちっともわからないけど、自分もいつなにがあるかわかんないしさーとおもうので、少しずつ書きます。もの好きな方だけ今後もご贔屓にどうぞ。 →★ 

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2015/10/19(月)
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