十象図

えーと… ただいま引っ越し中です。かなり盛大に大量にいろいろと処分しています。すっきり。押入や戸棚の奥から、思いもかけないモノがでてきます。たとえばこんなのとか…

十象図(自分の十牛図を描く)

うわわわわわ〜〜〜〜〜〜…orz

これ、いつだったかな〜?たぶんもう5年くらい前に開催された、松村潔先生の『十牛図を描く』講座で描いたものの1枚です。絵が描けなくても構わない、と聞いたので、絵心全然!ゼロ!のくせにのこのこと参加してしまったのでありますよ。

これ、かなりサイズが大きい画用紙なのです。(B3だね〜)2日間まるまるかけて、7枚描いたんだね〜。ものすご〜〜〜くくたびれた。へろへろになりましたよ。リアルタイムのメモどころか、日付も残してないあたり、相当バテていたと思われます。なんとも懐かしい〜〜〜。

で、1枚目のテーマは「尋牛」と言って、何かを探したいけれど皆目見当もつかずに途方に暮れる、の図。

具体的には、ニュージーランドでアルバイトしながらぶらぶらと暮らしてたときの先の見えない漠然とした不安、な夕暮れどきを描いたつもり…つもり…つもり…

お次の1枚は… 本来は牛と格闘するテーマ。んでも、象と直接戦うと負けちゃうので、仲介のサルに頼んで、
貢ぎ物をしてなんとかしようとするワタクシ。。。(せこい…)

十象図(自分の十牛図を描く)

十牛図というのは、禅の悟りにいたる過程を描いた10枚の絵のことです。(もともとは中国で描かれてます)あのとき参加したのは「十牛図をより自分なりにアレンジして自分の手で描いてみよう」というワークショップでした。で、特に牛にこだわらなくてもいい、とのことだったので、、、なぜかワタシは象を描いています。(てかこれはマンモスだな… マンモスは強烈すぎて個人の無意識の範疇には収まらない、と言われたんだったな、確か…)

そう。思い出した!全部で7枚描いたうちの何枚かは自分の夢を描いたんんですよ。当時はとてつもなくダイナミックで印象的な夢が多くてね。(そういや〜最近夢見ないなぁ…夢見てるヒマも体力もないのか…)

十象図(自分の十牛図を描く)

うひゃ〜。これはどうやらこの写真をイメージしたらしい。。。

グレゴリーコルベール ashe and snow
※ グレゴリーコルベール

うぐぐ。。。(絶句)

十象図(自分の十牛図を描く)

これはたぶん7枚目の家に帰ってきた、ってところなんだけど、ワタシはまだ象に乗ってるんだよね。家には帰り着いてない。それにどうやらワタシの家は町外れの川のそばの小屋らしい。ま〜そんなところでしょう。象といっしょに町には住めないし。

それにしても、絵の下手さは別としても、改めて他人事のように眺めてみると、いろいろ気づかされたり考えさせられるネタが満載でございます。ちなみにあと何枚かあって、それらはもっとパワフルで強烈。あれらはここではお見せできませんなぁ〜…

あちこちで、絵が描ける人たちに遭遇する機会が多くて、もう超絶特殊技能だわ〜〜〜と尊敬するばかりであります。凄いよね。ワタシも1時間でいいから画才!を体験したい…そんなこんなをしみじみおもふあきのゆふぐれでございます。
おまけ ◎ 十牛図とは

=== wikiから丸写し ===

1. 尋牛(じんぎゅう) - 牛を捜そうと志すこと。悟りを探すがどこにいるかわからず途方にくれた姿を表す。
2. 見跡(けんせき) - 牛の足跡を見出すこと。足跡とは経典や古人の公案の類を意味する。
3. 見牛(けんぎゅう) - 牛の姿をかいまみること。優れた師に出会い「悟り」が少しばかり見えた状態。
4. 得牛(とくぎゅう) - 力づくで牛をつかまえること。何とか悟りの実態を得たものの、いまだ自分のものになっていない姿。
5. 牧牛(ぼくぎゅう) - 牛をてなづけること。悟りを自分のものにするための修行を表す。
6. 騎牛帰家(きぎゅうきか) - 牛の背に乗り家へむかうこと。悟りがようやく得られて世間に戻る姿。
7. 忘牛存人(ぼうぎゅうぞんにん) - 家にもどり牛のことも忘れること。悟りは逃げたのではなく修行者の中にあることに気づく。
8. 人牛倶忘(にんぎゅうぐぼう) - すべてが忘れさられ、無に帰一すること。悟りを得た修行者も特別な存在ではなく本来の自然な姿に気づく。
9. 返本還源(へんぽんげんげん) - 原初の自然の美しさがあらわれてくること。悟りとはこのような自然の中にあることを表す。
10. 入鄽垂手(にってんすいしゅ) - まちへ... 悟りを得た修行者(童子から布袋和尚の姿になっている)が街へ出て、別の童子と遊ぶ姿を描き、人を導くことを表す。


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2012/10/27(土)
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