あきらめる

2013/09/23 伊豆大島・大島公園

8月の阿佐ヶ谷七夕祭りでご縁を頂いた翡翠輝子先生と一緒に、仏教系のシンポジウムに参上してきました。
最後の質疑応答での質問が、非常に印象に強く残ったのですが、その様子を、輝子先生がわかりやすく記事になさっています。

『仕方がないこと、仕方があること』〜翡翠輝子の招福日記
http://d.hatena.ne.jp/bob0524/20130922/1379815134

そういえば。
諦める、とは、明らかに見る、という意味でもあります。

「仕方がない」ことと「仕方がある」ことを見分けるのは、あきらめる=あきらかにみる 意識のちからかもしれない、とぼんやり考えています。

なんでもかんでも「仕方がない」と流されるだけでなく。なにがなんでも「仕方がある」と力ずくで進めるのでなく。

あきらめる。

ということで、長らくお待たせしてしまっているご依頼の数々は、「仕方がある」ことの代表例で、本当に申し訳ない限りです。。。きょうはがんばって「仕方がある」ことに取り組みます。


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