雨水の日に…

きょうは二十四節気の二番目である、雨水(うすい)。雨水は旧暦正月に含まれ、寅月の中気。太陽黄経が330度のときで2月19日ごろ。(定気法による) 西洋占星術では雨水=双魚宮(うお座)の始まりとされる。

「空から降るものが雪から雨に変わり、雪が溶け始めるころ」とされる。『暦便覧』には「陽気地上に発し、雪氷とけて雨水となればなり」と記され、古くより農耕の準備を始める時期とされた。

2007-01-06-te.jpg

きょうはほぼ雑談的な…あまりにも雑談的な…

本日無事に誕生日を迎えたなにやら不思議な爺さんである、
うちの父のネタいろいろ、です。

西洋占星術では、生まれ時間がわからないと、出生時の月のサインがはっきり確定できない場合が多々あります。(せめて、朝とか、夜中、程度でもわかるといいのですが) 月のサインがわからないケースほど頻繁ではありませんが、太陽のサインを特定するときにも、同じようなことは起こります。だいたい毎月20日〜23日あたりにお生まれの方は、雑誌の星占いなどでの生まれ星座の分類があちこちで違うことがあったりして、「獅子座?乙女座?」「山羊座?水瓶座?」など混乱したご経験があるのではないでしょうか。

私の父は2月19日生まれでして、まさに「雨水」の日生まれ。昔の人の常とでもいいましょうか、生まれ時間はまったくわかりません。太陽のサインは、水瓶または魚のどちらかです。(ちなみにその年の2月19日は、午後4時過ぎに太陽が魚に入りました。それ以前に生まれていれば、太陽サインは水瓶、それ以降なら魚、になります)

父の性格や人生を見ていると、水瓶太陽△天秤月の人と判断して間違いないと考えています。(そしてその組み合せは、私の双子水星太陽とグランドトラインになるのであった…)

外ではにこにこと愛想よく、人前でスピーチするのが好きで得意。ひじょーに童顔なのに、若い頃から超絶ナマイキで上司から目を付けられたり、それでも負けずに談判しにいったりしたそうな。(そ、それは私も同じだな〜。オマエモナ〜orz 不正や曲がったことが大嫌いで、理不尽なことがあるとついついキレるのは父親譲りです…)日常生活は、判で押したように、毎日毎日同じスケジュールで同じ日課を繰り返さないと落ち着かず、自分のペースを乱されると超絶不機嫌になるあたり、固定宮の香りがむんむんします。(あら〜〜〜。父には水瓶水星木星合てのもありますた…)

誕生日だけで算出する算命学で見ても、非常に特徴的で興味深い命式で、ちゃんとそれに沿った人生経路をたどっています。陽占は確か、複数の鳳閣星と車騎牽牛だけで構成されており、正真正銘の身弱。現役時代は本当によく働く人だったようです。(単身赴任とか多忙でぜんぜん家にいなかったから、よく覚えて無いな〜)さらにご丁寧に天胡星が二つもあり、確かに何度も病気してますが、長期休養するたびに運が上がって行くような人生だったのだろうと思います。

50代からの大運天中殺の前に、それまで勤めていた大きな会社から出向で放出されてだいぶ悔しい思いをしたようですが、その後おもいがけないところから運が開けて、傾きかけてた会社を自分の手腕で大きく発展させる、という形で大運天中殺が陽転しました。ところがどっこい、大運天中殺20年間の終わり際に、大きな病気で大手術。その後も急な発作で何日も危篤になり、そこでの臨死体験(?!)を経て、無事に生き返って来て、いまはぴんぴんして元気はつらつ♪というお爺さんでありまする。(大運天中殺が陽転する条件、終わり際の着地のときが危険だよ…などなど、まさに教科書通りにぴったりな流れです)

なんにせよ、陰占でも陽占でも、あきらかに偏った命式なので、いいときと悪いときの波が非常に大きく出る人だということが、東洋的な見方を習得したらよくよくわかるようになりました。(こういう人のは、時間不明でハウスが出せないホロスコープで見るよりも、東洋流でみたほうがずば〜っと出てくるし、笑っちゃうくらい面白いかもしれん…)

生まれ日の干支は「午」。霊感系異常干支の最上位クラスにランクされる午。霊とか宗教とかにはまったく興味ない人ですが、午でよく言われる「夢でなんか見る」というのはどうやら当てはまるようです。最愛の愛犬が死んだあとの夢の話や、自分が死にかけて意識不明だったときに見たという夢の話などなど、ぎょっとするような夢の話をときどき聞かせてくれます。まだまだ元気で過ごしてもらって、これからもへんてこりんな夢をいっぱい見てほしいものです。

2007-01-06-Tirtha-Empul.jpg

で、午というのは、丙子生まれの私にとっては正真正銘の天剋地冲なのであります。(西洋ではグランドトラインだけどな。東洋ではガチガチのハードアスペクト、ってとこだな)

(水)× 丙(火)
午(火)× 子(水)

つまり、上も下も正面衝突! ってことですね。
ふむむ〜〜〜。そうだったのか〜。

(一般的には「精神が壊れ、現実も壊れる」などと言われる天剋地冲ですが、私個人はあんまり自覚的によくわからないです… むしろ、自分にとって天剋地冲を持ってる人に惹かれたり友人になってたりするんだなぁ… どこまでもハード好きである。ははは…)

しかーーーし! 午年であった2002年はかなり大変だったかも。と、いまさらながら気がつきました。ははは。。。(乾いた笑い…) そうでした。そうでした。そうでした。。。

父の大きな病気が最初にみつかったのは、壬午2002年でしたよ。そこから次から次へと驚天動地のあれこれがあったんでした。私にとっては天剋地冲、父にとっては律音。なるほど、ちゃんと運の巡りというのはあるのですね。

(うわ〜〜〜ん… さらに気がついた。自分の時柱に天剋地冲がきたのは2005年なんだけど、実際にかなり厳しくて差し迫った状況に陥ったのは2006年でしたよ。うむむ。このくらいは誤差の範疇か?! でもって、次の天剋地冲は2017年か…すぐだなぁ〜そういえば、その辺の西洋のトランジットも厳しいんだったよな〜…などなど)

過去を検証しながら、ここはどうだった?!という時期や年をひとつひとつ拾って照合する作業、とてもおもしろいです。どこまでもエンドレスで終わらなくなるのが難点ですが…^^;;;

関連記事
2014/02/19(水)
算命学

| ホーム |
Page Top↑
▲ Page Top