3代続く玉堂星女性(其の弐)

2014-03-06.jpg

『3代続く玉堂星女性(其の壱)』 ⇒★

お待たせしました。先日のつづきです。
玉堂星美女のSさんからのご依頼。

=== === ===
天海さんがおばさまを見送られた時、病室に集まったご家族の方に身体をさすってあげるやり方を伝えて、皆でおばさまに触れながら最後の時間を過ごしたということを拝読しました。

できたら私達もそれに近いやり方で過ごせたらと思うのですが、身体のどのあたりを、とか、さすってあげる時の強さ、とかを教えて頂けないでしょうか。
=== === ===


Sさんからのご質問は「どこを」「どのように」という形にまとめられていましたが、結局のところ、本当にだいじなのはテクニカルなことではない、と私は考えていました。もちろん、いろんな細かいことはいくらでも言えますとも。

ただ、書いたものって、確実に伝達できるわけではないから、体の技術のことはできるかぎり意図的に書かないようにしてるんですよね、わたしはね。ふだんは実演しながらでないと絶対にこういう話はお教えしないので、こういうところに書くのは本意ではないんだけど。まぁ特別に書いてみるか。うん。

そもそも、相手の体に触れるのを恐れる自分自身の反応や気持ちが、最大の壁になります。病気だろうが、弱っていようが、同じ人間。同じ体。

死が怖いとか、苦しんでいて可哀相とか、そういう思いは自分がジャッジしている思考や反応の産物なので、できるだけフラットにありのままの状態をみる。その状態にある相手の状態を、そのまま受け容れる。

治してあげたい、楽にしてあげたい、とか強く願ったり思う必要はない。むしろそんな思いは邪魔だし、そんな大それたことができるほど自分たちは偉くないと胸に刻んでおくべし。そのときの自分にできることを淡々とするのみ。技術がある人はそれなりに、ない人はないなりに。

どんなときでも、不要な手出しをしなければ、命はきちんとあるべき姿に流れて行くので、それだけを信頼して、ただただ無心に、恐れずに、そこにいるだけでよい。そういう人がひとりでも側に居ることが、弱っている人にとってはずっと心強い助けになります。

肘や膝を伸ばしっぱなしにしたまま動かされると、体はきついです。手をさするにしても、足をさするにしても、どの関節も少し曲げた状態にしておくといいよ。

相手の体に触る時は、手のひら全部を使うこと。丁寧にやってるつもりで、指先が反ってる人多いけど、それじゃ全然意味ないよ。常に手のひら全体を相手の皮膚に密着させておくことがだいじ。

おそるおそる指先でつままれると気持ち悪いよ。つかむなら必ずしっかりと自信もってホールドすること。できれば両手で。関節とそうでないところを同時に持ち上げる(うまく言えないな〜)と安定する。

小さくちまちまと動かされると気持ち悪い。基本はゆっくり、しっかり。よくわからなかったら、どんなかんじか相手に直接聞いてみるのがいい。

自分が不安なら相手も不安にさせるから、自分の軸をしっかり保つ。落ち着いて、しっかりと自分を保つ。先のことをシュミレーションしても無駄。もっと早く、もっと大きく物事は流れていく。いつなにがおきてもちゃんと反応できるように、自分をからっぽにしておく。

うまくいくと、相手と自分との境目がなくなって、ぐるぐるといろんなものが大きく暖かく循環していることが感じられる。(これは言葉ではなく、実際にそういう体験を実感すれば、これが何を言ってるかわかる)

Sさんにそのときお送りしたメールには書けなかったことがたくさんありますね。 いまおもいつくのは… だいたいこんなかんじかな。


Sさんからのメール。

=== === ===

祖母に触れる時は、触れていて自分が安心できる感覚を大切に、やわらかな力加減を探してみます。
小さいころ、祖母に髪をなでてもらった時の感覚が近いと思うので、それをぼんやり思い出しながらやってみますね。

=== === ===


いいね。きっとうまくいくよ。

そしてまた、Sさんからのメール。

=== === ===

今日、祖母の身体に触れてきました。
点滴も抜けて(抜いて)、毛布を外しても大丈夫な室温だったので、大腿部からつま先、肩から指先にさすり下ろすような感じにしてみました。
一生懸命にならないようにゆるゆる触れるようにしていたら、さする前には冷たかったところがぽかぽかしてきてびっくりしました。
それ以上に驚いたのは、さすっていた私の手のひらも暖かくなったことです。
ケアしてるつもりで、ケアされてしまったよーな(笑)。祖母の身体は、孫娘には甘いのでした。

その後、うつらうつらし始めた祖母の側で母と歌って帰ろうとしたら、祖母がいきなり目を見開いて、「うれしかった」と唇を動かしてくれました。泣かないようにするのが大変でした。

肉体に魂が乗った状態の祖母とはあと何回会えるか分かりませんが、一回ごとの機会を大切にしていこうと思います。

天海さんからのアドバイスがなかったら、今日のように祖母に触れることは出来ませんでした。
本当にありがとうございました。

=== === ===


よかった。伝わったね。
泣いたっていいじゃない。嬉し泣き。

そう。例え病気だろうと、弱っていようと、命の根源にあるものは、常にちゃんと力があって、流れようとしている。昔の人は、たぶんそれを「気」と呼んだのでしょう。そこにきちんとアクセスできれば、言葉やテクニックじゃないところで、確実になにかがつながる。命は巡る。

そういうつながりは、いつか互いの肉体がなくなるときが来ても、ずっと続いていくのではないかな。


関連記事
2014/03/06(木)
算命学

| ホーム |
Page Top↑
▲ Page Top